手塚治虫漫画は火の鳥がおすすめNO1!ブッダやどろろも面白いので紹介します

漫画

漫画とアニメで育ったアラカンおやじです。

朝日新聞で、小説『火の鳥 大地編』の連載が始まりました。手塚治虫の未完の漫画『火の鳥』の続編です。

手塚が残した構想ノートを元に、直木賞作家の桜庭一樹さんが書いています。

大好きな『火の鳥』の続編が読めるということで、期待度MAXです。

そういえば、『どろろ』の新作アニメもBSで放送が始まっています。

今年は手塚治虫が亡くなってから30年になりますが、手塚ファンの僕には嬉しい年になりそうです。

そんなわけで昔を懐かしみながら、この記事では、
手塚治虫漫画NO1の『火の鳥』はどの編がおすすめなの?
手塚治虫の『ブッダ』もおすすめだけど仏教の漫画なの?
手塚治虫の『どろろ』の主人公は実は女の子だった?
などについて紹介しています。

この記事を読めば、手塚ワールドにどっぷり浸かりたくなりますよ。

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手塚治虫漫画NO1の火の鳥はどの編がおすすめなの?

手塚治虫の『火の鳥』は15編ありますが、その中でも僕がおすすめするのは「鳳凰編」です。

「鳳凰編」の舞台は8世紀、奈良時代の日本。片目・片腕の盗賊・我王と、我王に右腕を斬られた仏師・茜丸の二人の数奇な運命を描く物語です。

悪党の親玉だった我王は、僧侶の良弁上人に命を助けられ一緒に旅を続けるうちに、人々の苦悩を救う彫刻家としての才能に目覚めていきます。
仏師の茜丸は、右腕を斬られた絶望の淵から懸命に再起して、ときの権力者橘諸兄に認められるようになります。

病や死に苦しむ人々の心の救いとなる仏像を彫り続けることで、人間的に成長していく我王。
権力者に認められ、自分の才能を過信して私利私欲に走り出す茜丸。

二人の物語をとおして、「生きることの意味とは?」「死とは?」「因果とは?」「輪廻転生とは何か?」と、いろいろなことが真正面から描かれ、物語を愉しむだけでなく、考えさせられる漫画です。

生まれてすぐに片目と片腕を失い、悪行三昧をして生きてきた我王が、仏の道につかえ、貧しさや病にあえぐ人々の心を救うようになる。

僕は、その我王の姿に、「生きるとは?」と問い続けたすえの、心の豊かさ、精神の成長ということを深く考えさせられました。

「鳳凰編」を読んだら、手塚治虫の『火の鳥』にどっぷり浸かりたくなりますよ。

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手塚治虫のブッダもおすすめだけど仏教の漫画なの?


手塚治虫の『ブッダ』はその題名どおり、お釈迦様=仏陀(ブッダ)の生涯を描いた物語です。

でも、いわゆる仏典や仏教の教えを説いた宗教漫画ではありません。手塚治虫の独自の解釈で、登場人物やストーリーなど手塚オリジナルのものになっています。

シャカ族の王子として生まれた「ゴーダマ・シッダルタ」は、生と死、老いや病気などについて深く考えるようになり、29歳のときに妻子や王族の地位を捨てて出家。
修行や苦行、様々な苦悩・煩悩をもつ人々との出会いをとおして、ピッパラの樹の下で悟りを開く。
ブッダ(サンスクリット語で目ざめた人という意味)と呼ばれ、説法の旅を続けて生涯を閉じるまでの物語です。

ブッダの魅力は、なんと言っても手塚が創り出した登場人物たちを心の機微の細部までをいきいきと描いた一大叙事詩になっていることです。

バリア出身のタッタ、スードラの身分を隠すチャプラ、修行の旅の伴アッサジ、苦行僧のデーパ、教団の後継者を狙うダイバダッタ、巨人のヤタラ、生きながら畜生道におちたナラダッタなど、たくさんの魅力的なオリジナルキャラたちが登場します。

彼らの煩悩や生き様、苦悩、境遇などが細かく描かれ、ブッダが彼らとの関わりをとおして目覚めていくさまが、「生きるとは?」「生命とは?」などと考えさせられた漫画です。

とくに、アッサジが子犬たちの命を救うために、飢えた狼に自らのみを投げだして死んでいくシーンは、感動的でもあり衝撃もうけました。アッサジのキャラクターが、『三つ目がとおる』のバンソウコウを貼った写楽保介で、フニャフニャしてたので、その死に様には「因果とは?」「運命とは?」などいろいろ考えさせられました。

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手塚治虫のどろろの主人公は実は女の子だった?

「どろろ」って、実は女の子だって知っていました?

『どろろ』の最終話「ぬえの巻」で、百鬼丸が父・醍醐との決着をつけるためにどろろとの分かれを告げる際に、
「どろろ おまえは女の子だ。おれは、目があいたときはじめてわかったんだが、だまってたんだ」
「よせやい。お、おいらが女の子?じょうだんじゃねえよ」
という会話のシーンがあります。

『どろろ』は、身体の48箇所を魔物に奪われた「百鬼丸」と、「どろろ」という名前のドロボウ少年が、魔物や妖怪退治の旅を続ける物語です。魔物を一匹倒すたびに、百鬼丸の奪われた身体の1箇所を取り戻していきます。

百鬼丸が自分の身体を取り戻していく過程で、乾ききってしまった人間としての心も取り戻していく物語なんだと僕は感じました。

そして、一緒に旅を続けるどろろとの絆が、やがて愛するという感情にかわっていくのかなと勝手に思っていました。

残念ながら、少年サンデーに連載していた『どろろ』は、子供たちには人気がなかったみたいで、未完のまま中断してしまったので、あくまでも個人的な想像です。

その後、アニメ化され、百鬼丸は自分の身体を取り戻して一応完結はしています。が、二人の関係はとくに発展はありませんでした。

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まとめ

この記事では、
手塚治虫漫画NO1の『火の鳥』はどの編がおすすめなの?
手塚治虫の『ブッダ』もおすすめだけど仏教の漫画なの?
手塚治虫の『どろろ』の主人公は実は女の子だった?
などについて個人的な感想や思いを書いています。

『火の鳥』12篇は、その生き血を飲めば不老不死になれるという火の鳥を狂言回しに、生と死、輪廻転生などをテーマにした物語が描かれ、各編が独立したストーリーになっています。

各編を時系列に並べれば、卑弥呼の時代の日本を舞台にした「黎明編」から、西暦3407年の遙かなる未来を舞台にした「未来編」までの、壮大なドラマになります。

中でも「鳳凰編」は、完成度が高く、両腕を失くし山へ追放された我王が、朝陽がのぼる雄大な景色をみて、
「美しい・・・」とつぶやくラストシーンは、感動ものです。

『ブッダ』は、当初「火の鳥 東洋編」として企画されましたが、掲載雑誌の読者層などを勘案して構想を練り直されて誕生した作品です。

お釈迦様=仏陀(ブッダ)の生涯を描いた物語ですが、仏教の教えを説いた宗教漫画ではなく、手塚治虫の解釈に基づいたオリジナルのストーリーになっています。

『どろろ』は、連載途中で中断が決まった未完の作品です。その最終話で、「どろろ」が女の子であることが、百鬼丸の口から明かされます。

連載が中断していなければ、百鬼丸が自分の身体を取り戻し、愛することを知り、どろろと結ばれたのかなと個人的には考えています。

この記事を読んで、あなたも手塚ワールドにどっぷりと浸ってください。

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